ストップウォッチで計測した月の大きさから、月の直径を計算する

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今日の朝、ストップウォッチと電線を使って月の天球上での直径を計測したところ、約0.6度と出ました。

…さて、この値はどこまで正しいのか?

それを確かめる一つの方法は、「正解」を直接ググることです。が、それはあんまりにも面白くない。

そこからは少し離れた情報との整合性を、確かめてみようではありませんか。

それは、月の距離と直径です。それぞれ約38万km、3500km。小学校教育と中学受験のせいかおかげか、脳の中に、刷り込まれ、今でも、亡霊のようにこびりつき、こだまする、この「「「事実」」」と、どれほど一致するのかの概算をします。

三角関数で計算する

月までの距離と、月の天球上での直径(角度)が分かれば、三角関数を使って月の直径を計算することができます:

>>> 38*10000 * math.sin(0.6*math.pi/180.0)
3979.277964173401

実際に数値をいれて計算すると、約4000kmと出ました。文部科学省の提唱する「約3500km」と比べるとちょっと大きいですが、倍か半分ぐらいまでの差は出るだろうな思っていたので、それに比べたらだいぶ近い値が出ています。正直、ちょっと驚いています。

テイラー展開でも計算する

さて、仮に文明がいますぐ何らかの理由で崩壊し、コンピュータの提供する便利なsin関数が使えなくなっても、0度近辺でならsin(x)はxで近似できる(テイラー展開)ことを知っていれば筆算で計算することができます:

>>> 38*10000 * (0.6*3.14159265358979/180.0)
3979.3506945470676 #ほんとに筆算しようと思ったが、めんどくさくなってやめた

上の数値と見比べると、38万kmも先のことを計算したのに、100mも差は出ません。実を言うと大学受験の数学や物理の問題か、大学の数学や物理の試験問題でしかテイラー展開なんか使った事がなかったもので、ここまで差が出ないのかと、またもや驚いています。

しかし、でも、ちょっと大きい。

とはいえ、この結果は、教科書に書いてあった「約3500km」に比べるとちょっと大きいのも事実。この計算につかった「約0.6度」は、地平線近くで測ったものです。地平線の近くにある月は、なんとなく、空の上にある月より大きい気がしませんか。それは人間の錯覚なのか、それとも何らかの理由(大気の屈折とか?)で本当に見かけ上大きくなっているのか。

空の上の方の月でも測定して、もう一度同じように計算してみたいです。

しかし、天気予報によれば、これから先しばらく曇りとのこと。

うーん…次の半月か満月の晴れた夜までに、使えそうな電線を見つけておくことにするか。


ストップウォッチを使って月の大きさを測る

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月を眺めていると、その動きはかなり速いことに気が付きます。

昔のアニメのお歌で「ぼくもわざと立ち止まれば 月も立ち止まる」なんてことばがありましたが、実際に立ち止まってみると、そんなことはありません。動いてるのが目視で分かるくらいの速度で、ゆっくりですが、「歩いて」います(もちろん、だからこのお歌はだめ、なんてことはないですよ)。

さて、このことを使って月の大きさを測ってみました。

方法

月の進行方向と、できるだけ直交する電線を選びます。適当な電線に月が触れるのを眺めたら、ストップウォッチで測定を開始します。そして、月が電線から離れた瞬間に測定終了。その時間を記録して「月の大きさ」とします。「時間」ですが、「大きさ」です。

電線と月の移動する向き(進行方向と呼ぶことにします)は一般にはさまざまな角度をなします。電線と月の進行方向が直交することも、ほぼ同じ方向になることも、ナナメになることも、あるでしょう。「月が電線を横切る時間」を、「月のどこかが電線に触れてから月が完全に電柱から離れるまで」と定義すると、この電線と月の進行方向がなす角度によって、時間が変わってしまいます(すんごい極端な例を考えるとはっきりします)。

月と月の進行方向の直線がまじわる2点を基準にして、この2点が電線と触れる時間と定義して測れば、電線と進行方向の角度の影響を無視できそうな気はするのですが…

まぁ、練習が必要そうなので、今日は「電線と進行方向ができるだけ直交する」一番単純な場合を使って測定します。

結果

4月21日 朝

今日は満月から1日ほど経ったころ。測定結果は次の通りです:

  • 2分16秒
  • 2分23秒

今日は水平線近くが白くて区別がつかなくなってきたので、3度目は断念しました。

約2分20秒とすると、月は29.5日で公転し、地球は1日で自転するので(意図的に細かいところをあえてガン無視している)、このことを使って計算します。

% python
Python 2.7.16 (default, Mar  6 2019, 18:14:51) 
[GCC 5.4.0 20160609] on linux2
Type "help", "copyright", "credits" or "license" for more information.
>>> moon = 360/29.5
>>> earth = 360.0/1.0
>>> (moon+earth) * 140 / (24*3600.0)
0.6031073446327683
>>> 

天球上の角度はだいたい0.6度?ってことでいいのかな?

今後

理科年表にひょっとすると月の大きさが書いてある気がしてならないのですが、見ないで独自研究をすすめてこうかな。ちょっと悩んでます。

月の満ち欠けみたいに 幸せも 大きくなったり 小さくなったりする」なんて歌詞もあるとおり、月には満ち欠けもあるわけですが、今回の方法を使って月齢を(定量的に)測れたらちょっと面白い気がしています。この場合、月の進行方向と電線の角度にはもっと気をつけないといけないでしょうなぁ。

あとは…そうですねぇ、地平線の近くにあると月は大きく見えるわけですが、これが本当なのかどうか、実測してみたいかも。

太陽

太陽も測ってみたいが、どうすればよいのか…陰を使えばいいのだろうか。

ストップウォッチやめたい

ここでテクノロジーに頼ってるのすこし違和感があるので、ストップウォッチもやめたいんですが、時間を測定するいい道具ないかな。月が電線を横切る時間と、一日の長さ(「日の出から次の日の日の出までの間」としましょう)を同時に測定できる道具…なんだろ。


ホウレンソウの移植と間引き

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移植(11月11日)

タネを蒔いたホウレンソウは順調に芽吹いて育っています。これがなかなか嬉しいんだな。あとで殺して食べちゃうと知っていても。芽吹いてうれしい、本葉が出たらまたうれしい。

とはいえ、タネというのは必ず芽吹くというものではありません。研究成果を出すことを義務付けられる大学院生とは違うのです。

結果として、たくさん芽吹いているところと、あんまり芽吹いていないところに分かれます。

このままでもいいのですが、せっかくなので他の混み合っているところから引っ越しに来てもらいました。

小さめのスコップで根っこを傷つけないように移植します。間違っても引っこ抜いてはいけません。双葉の状態で移植して一週間たちましたが、本葉も出てきたのでうまくいったようです。よかったよかった。

そうそう、このブログで「移植」といえばもっぱらソフトウェアの移植でしたけど、植物の移植はtransplant、ソフトウェアの移植はportingで英語だとまったく言葉が違うらしいです。知ってました?

間引き

たくさん芽吹いてくれたホウレンソウですが、悲しいかな。すべてを育てることはできません。そうしないと、場所(日光)を取り合って大きく育ってくれないからです。

というわけで間引いていきます。根っこごと取ろうとすると隣の株の根っこを傷つけてしまうかもしれないので、ハサミでチョキン、でございます。まるで介錯だなぁと思いました(小学生並みの感想)。

before
after

せっかくなので(?)ちょっとずつ間引いていきます。「株の間は3cmあける」との事なので、数日かけてちょっとずつ間引いていこうかと思います。間引くのはundoできないから、慎重にね。

2つずつタネを置いていった結果として、2匹同時に芽生えて隣り合わせで生えているところがところどころあります。わたしはこれに「姉妹」と名付けて遊んでいたのですが、片方は間引かないといけないのかと思うと今から気が重い。

間引いたホウレンソウも食べられます。今日は普通にサラダにして食べました。草って感じの味がした(小学生並みの感想)。

そうそう、混み合っているところのホウレンソウは双葉の下のくき(株元)が長い気がします。…一生懸命、混み合ったところから離れようとしたのかもしれませんね。わたしも混み合ったところから逃げたい。


「ガチャ」でいいじゃん

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もう分かんなくなっちゃったよ。

「いいね」の経済学で動くSNSとUGM。感想とキュレーションの循環参照。広告とマーケティングが支配する商業サイト。アイドルの焼き直しみたいなYoutuber。自前でコンテンツを用意してる検索エンジン。テレビの再放送みたいな番組を自前で作ってる元本屋・現なんでも屋。

…そして、無限のリコメンデーション。

わたしが1999年に、Googleの検索ボックスにキーワード入れて遊んでたころに夢みてた「集合知」とか、「インターネット」って、こういうものだったっけ?

うーん。でもちょっと待って。

そもそもGoogle、あるいはPageRankって、そこまで良いものだった?

美化された思い出に、過ぎないんじゃないの?

PageRankは「うまく動いてた気がする」

…ただしGoogleの中身について、誰も知らなかった時は。

つまり、Googleが登場した瞬間は、たしかにうまく動いていたような気がするのです。gooよりもGoogleがいい。なるほど、”gle”の部分が効いているんだね。そんなつまらんジョークを言っていたのは今でも覚えています。

しかし。

今思い返すと、「どう優れていたのか?」という質問に対して、具体的なエピソードで答えられないのも事実です。だから、「Googleが優れていたと思っていたのも、結局、『海外のなんか凄いテック企業、面接でヤバいこと聞くおもしろ会社』という幻影と神話に、化かされていただけでしょ?」といわれたら、言い返せない。

…そもそも「優れた検索結果」って何なんでしょう?

検索エンジンは、なぜ必要か?

そもそも論に立ち返りましょう。

検索エンジンは、なぜ生まれたのか。時計を巻き戻し、1999年へ戻るのです。

時は世紀末。「インターネット」というなんか新しいもんが出てきて。そこは「広大なネットの海」で、情報がたくさんあるけど玉石混交で、その中の有益な情報を見つけ出すぞ!というロマンに溢れておりました。

なるほど、有益な情報。…有益な情報って…何なんでしょう?

思い出して見ると、インターネットと図書館が対比されていたような気がします。「たくさん情報がある」という所からのすごく雑な類推ぐらいの意味でしかなかったのかなぁと今では思いますが。しかし、「図書館の代わり」を人々はなんとなく期待していたのは事実でしょう。

で、この「海」はあまりに膨大で、しかも本棚と違って、入り組んだグラフ構造になっていて、「ネットサーフィン」しているだけでは目的の情報(目的って何?)にたどり着けない。だから、検索エンジンってやつでなんとかするんだ!というのが、元々の「物語」でありました。

なぜ(山に登るのでなく)インターネットをするのか?

まぁ確かに、今日の天気や、今日行かないといけない場所や、ゴミの出し方、MySQLのマニュアルを調べるために数文字タイプすればいいのはすごい楽です。インターネットや検索エンジンは便利だなぁ。

しかし、それらを探すのに、PageRank…つまりページ同士の繋がりの情報はたぶん要らないんじゃないでしょうか。単に、転置インデックスとせいぜいTF-IDFとか使って中身だけを見ればわかるのでは。だって、namazuだって全然イケてるソフトウェアだったじゃないですか?

じゃあなんでTF-IDFとかだけではダメでPageRankみたいなアプローチが必要だと思われているのかといえば、…

それはたぶん、「SEO」があるからですよね。

SEO、体験の共有、共同幻想、目新しさ−
あるいは、テレビはなぜ代わり映えのしない濁流を映すのか?

Googleの結果はイケてたかどうかはともかく、イケてたと少なくとも私が思ってたのは事実です。そして、じゃあそこからどうなったかと思い出していくと、「SEO」が盛んになり、いたちごっこが始まりました。

「SEO」は、検索エンジンの結果の順位を、ページを作っている側が操作して「1位」になってやろうという行為です。

SEOがなんで行われるのかといえば。それは、みんな検索エンジンで読むページを探すから、ですよね。そこで目立って、人気のページになりたい。人気になるとなんで嬉しいのかといえば、サービスを使ってもらったり、読者になってもらって、もっと人気になって有名サイトになりたいから。

有名サイトであれば、その人気を、広告や影響力を通じてお金に変換できる。

そういう、「資本主義」の乾いた仕組みがあるからです。

だから、みんなが検索エンジンではなくSNSで情報を探したりするようになれば、SNSでバスる「フォトジェニック」とかのアプローチに変わる。スマホの「アプリ」をみんなが使い始めたら、スマホのランキングを操作しはじめる。それだけの話。

SEOも検索エンジンも、それ自体は、どうでもいいわけです。

そう。技術なんか、どうだっていいんです。「社会」で目立てりゃ、ウェブサイトでも、SNSでも、テレビでも、なんでもいい。

…というわけで、社会の話をしましょう。

この世はでっかいハンドスピナー

これは長くなるので今日は説明はしませんが、わたしの考えによると、社会1というのは大きな大きなみんなで回すハンドスピナー、あるいは盆踊りです。

みんなで一緒に同じことして、「いいね」と言い合ったり「ダメだ!」と断罪して喧嘩しあったり、そういうので一喜一憂してるとなんだか人生に「意味」がある気がしてきて、その「意味」に依存するのを「すがる」とか「大人になる」とか呼んでいる、と理解しています。(微妙にわたしの考えとは違いますが、「共同幻想」という言葉を当てた人もいます)

最近は「未知語」を検索する人が多くて、検索エンジンも未知語対策に重点を置いてるそうです。それも「社会は盆踊り」という標語の元ではすんなり理解できます。つまり、「社会の流行」です。盆踊りで皆と同じように踊ってないと「疎外感」を感じるように、同じ話題を追いかけたいのが人間、らしい。今あれが流行ってるらしい!って。何が流行っているかも、実はなんでもいい。フォトジェニックスイーツが流行ってるなら、その写真を上げて、いいねがもらいたい。流行ってる「猫の下着」の美少女イラストを描いて、いいねがもらいたい。流行ってるDeep Learningで研究して、いっぱい引用されたい。

ニュースと一緒ですよね。10年前の洪水の映像と、今日の洪水の映像、そんなに差はないけれど、今日というだけでなんとなく価値があって、世間話をするときのいいネタになる。そして、世間話ができると、人間は嬉しいらしい。

「夫 死んで欲しい」でサジェストされるのも似た話かもしれません。「共感」されたいのが人間、らしい。

で、人間ってのは社会性があって、偉いんだってさ。

無いと、病気なんだってさ。

ガチャ、あるいは「いいかげんインターネット」

わたしは、最終的にはインターネットっていうのは「己の心の中の世界を面白くしたりする」ためにあるんだ、となんとなく信じてたんだと思います。でも、どうやら、そうじゃなかったらしい。

でも。政治とか、ニュースとか、社交とか、人気とか承認とか、そういうのはもっともう、飽きてしまったのです。そういうのは、東大卒エリートで社会的地位のスペック競争に夢中な、インスタグラムに夢中な、「みんな」に任すわ…って感じ。心底うんざりしてるんです、もういいよ。

じゃあ、心の中に居場所を見出す「わたしたち」にはどんな物があったら面白いかな、と思って最近意識的にやってるのが「ガチャ」です。

検索エンジンなら、例えばあえてすでにしってるキーワードを入れて、なんか面白い結果が出ないかなと試して見たり。大半は失敗するのですが2、伝えやすい例としては、例えば「いいえ」って入れるとYahoo!が出てきて面白いとかですね。…伝わんないか。

あとは画像検索を使ったDeep Learning占いとか:

間違ってるような当たってるような
これ結果が一定しないんですよ。何で決まってんだろ。

散歩とかと似てるかもしれません。いつも見てる風景なのに、今日はこんな発見があった!こんな見方もできるのかって。

季節の歯車:人間がコントロールできないもの

「見せる側」からの例をあげます。

わたしは友達と「妖精⊸ロケット」というサイトをやっていて、絵や写真、文章などを展示(?)しているのですが、このサイトでは意図的に作品をランダムに並べ替えて表示しています。ただし、完全にランダムではなくて、写真も絵も「時間」が付いていることを利用して、一年のうちの季節に応じて円周上に並べています(これを、「季節の歯車」や「季節のしずく」と呼んでいます)

hexe.net: 妖精⊸ロケット

何が出るかはランダムですし、「キーワード検索」もできません。あえてね。でも、不思議かな、これで十分な気がしてくるのです。行き詰まった時に開いて10年前の紫陽花の写真を眺めると、色々考えが湧いてきたり。それもそれでいいじゃん、となんとなく思うのです。

「ガチャ」、つまり乱数での「ランキング」は絶対に「SEO」できないランキングであることも指摘しておきたいです。じゃんけんでランダムに出すのが絶対に相手が自分より優位に立てない「最強」の戦略なのと似てますかね。

 

みなさんは、どう思いますか。わたしは手探り状態です。

あなたはどうして、インターネットをしていますか。

あーそういえば。このブログのタイトル下に出てくる文章もガチャなんですよ。これはもう始めて12年といったところでしょうか。

  1. 例:政治、経済、サッカーチーム、学校、学会、宗教、町内会、恋愛、家族制度、SNS []
  2. 「ガチャ」ですから []


一年間遊んでみた

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おひさしぶりです。明日から4月ですね…(◞‸◟ )。

この1年間、入ったばっかりの大学院を即休学して1年間ひたすら遊んでたので、今日はその話を書きます。

なんで休学したの?

人生に疲れたからです。

もともと高校の時は引きこもって大して学校行ってないような生活だったものですから、浪人のために予備校に入ってから大学を卒業するまでずっと学校に行ってたら、気が休まらなくて疲れてしまったみたいで。未踏もやったし「家族」という物語には失望したし、転学部もしたし。フルタイムのインターンとかもしました。いろいろあったなぁ(遠い目)。

去年の3月ぐらいにはいくつかのストレスが重なって限界に達してかなり精神的に参ってしまったので、休学することにしました。

大学院に深く入り込んでから休学しようとすると、色々休学をためらわせる要素が出てきそうだなぁ1、という読みもありました。正直もう限界だと思ったというのが一番大きいのですが。

休学するには一ヶ月ほど前に連絡して書類を出す必要がありますが、とくに面倒くさい審査とかはなくてほぼ100%受理されるようでした。休学する理由は「経済的理由」にしておくと、診断書みたいな書類が必要ないので一番ラクなようです。

方針

よく休学して「海外に語学留学に…」とか「被災地のボランティアに…」とか「世界一周で人間的成長を…」とか圧倒的成長するのが望ましいみたいな話がありますが、そういう事は一切考えず、とにかくなるがまま、何をしても、何をしなくてもいい、ぐらいの気楽な感じで過ごしました。

休学はいいぞ

休学するメリットを挙げていくぞ!オラオラ!

疲れが取れる

4月〜6月ぐらいはほとんどずっと寝てました。

休学する前はプールに行くと30分もすると疲れ果てて泳げなくなってしまったのですが、3ヶ月ずっと寝てたら(筋肉はいくらか落ちているはずなのに)2時間ぐらいずっと泳げるようになりました。体力は大事ですが、休息もとても大事です。

死にたさが少しは和らぐ

休学する前は毎日死について検討していたのですが、いまはそうでもありません。

いまでも人類は滅びるべきだと思うし今すぐにでも核爆弾で人間の住んでいるところが全部蒸発して欲しいのですが、”衝動的に”死について検討することは減りました。

好きな時に好きな所へ行ける(体力が許せば)

休学すると何も予定はありませんから、「あー明日から伊勢神宮とか行こうかな〜」とか思えば簡単に行けますし、気が変わって「よーしじゃこのまま紀伊半島一周するか~」と思ったら一周できちゃいます。気楽なもんです。

もちろん何もしなくてもいい

一日中寝ていてもいいし、一日中ぼんやりしていてもオッケーです。寝るのは楽しいことなんだって知りませんでした。

好きなことが増える

休学してから半年ぐらいたったころ、友達が「一緒に絵を描かない?」って誘ってくれたのをきっかけに、絵をはじめました。

学校教育で「美術」「芸術」があったころは、絵は大嫌いで、二度と描きたくないと思ってたのですが、実際描いてみるとたーのしー!

描きはじめの頃の記事はこちら:同じキャラクタを50回ぐらい描いてみよう

最近描いたのはこんな感じ:

 

 

写真も取るのが楽しくなってきました。こんな感じ:

 

 

 

絵や写真の他にも友達の書いた小説とかもあるので、もしよろしければ友達とやってるサイト「妖精⊸ロケット」のほうも見てみてください!

休学しててつらいこともあるぞ

概ね楽しかったんですが、つらいこともありました。

大学院の研究室がなくなった

東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻 蓮尾研究室という所に居たのですが、4月から東京大学から異動して他の大学院大学に移ることになってしまい、席が無くなってしまいました。

東京大学をやめて異動先の大学院をもう一度受験するか?東京大学大学院内の他の研究室に移るか?という選択肢が提示されたので他の研究室に移ることにしたのですが、教員にアポとってたくさん会ったりしないといけなくて正直結構疲れましたし、心の健康もすこし悪化しました。つらい。

学部の時も「理学部天文学科に内定していたが、履修をミスして内定が取り消しになった」という事があって、内定が決まっていたのに取り消しになってしまったイベントも二度目なので正直ちょっとうんざりしたのが正直な感想かな。

仕事は多少してました

完全にニートやってたわけじゃなくて、仕事も少ししてました。

データセンターの立ち上げをした

Link-Uっていう会社のサービスをホストするためのサーバ群を、それまでの他社VPSからNTTのデータセンターラックを間借りした自社データセンターに移すことになったので、その立ち上げに参加しました。管理もやってます2。「ラックってどっちが前なんだ!?」とかそういうレベルから始めたのですが、なんとかなりました。大変だったけど、楽しくもあったかな。Manga-ONEという漫画アプリの配信とかに使われてるらしい。

アプリもちょっと書いた

HTML5の漫画ビューワー 3とか書きました。どこかの漫画サイトで複数使われてるよ

今後の抱負

今後の抱負ですが、

夜と土日は必ず休む

っていうのを目指したいですね…(休息は本当に大事だ)

  1. 教員に嫌な顔されるとか、人と一緒に研究してるから休学できないとか、就職活動がどうのとか []
  2. さすがに一人ではなくて複数人でやってるよ []
  3. 対外向けにはGPLv3 []

消灯で完全にブラック企業と化した電通UC

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電通過労自死事件から、私たちが学ぶべきものは何か~政府の「働き方改革」を問う~(嶋崎量) – 個人 – Yahoo!ニュース




 


飼い猫を殺したくて獣医師になろうとした話

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昨日は一人でディズニーランドに行って客の観察をしていました。という訳で、昨日書くはずだった「つらぽよアドベントカレンダー」を今日書きます。すいません。身の上話です。獣医学科行ったのに物理系に転学部して再度医学部(人間)を目指す話です。

皆が皆ペットが好きなわけじゃない

私が育った家では猫を飼っていたのですが、私は猫が大嫌いでした。

部屋はすぐ毛だらけになってパソコンのファンを破壊してくれます。

糞尿をところ構わずする1ので掃除に気が滅入るのはもちろん、糞をした先がお気入りの本の上で再度絶望。

トイレの置いてあるケージが食事する場所のすぐ隣にある(そこぐらいしか場所が無かった)ので、ずっと糞の匂いが充満する中で家族と楽しいお食事タイム。

去勢もしていない2ので頻繁に発情してしまい、そのときは金切り声に毎日毎日耐えないといけません。メス猫なのですが、私に擦り寄ってくるのも、私の雄性を自覚させるので嫌でした。

家族みたいに「にゃんこーww」とか言う人なら良いのでしょうが、私はそうではありません。私に会った人は私の頭皮が炎症を起こしてるのを知ってると思いますが、あれも猫を飼い始めて一ヶ月後くらいに始まりました。「尋常性乾癬」といって原因不明の皮膚病なのですが、私は原因はどうも猫なんじゃないかと、どうしたって考えます。猫を飼うまでは全く問題なかったので。

そんな嫌なことがあっても猫が好きな人は「そんなの猫なんだから仕方ないじゃん」「たかが猫で」という感じなので、友人知人ならともかく、家族、しかも私一人となると我慢するしかありません。

どんどんどんどん猫、いや、ペット全般に対する嫌悪感が醸成されていきました。13年くらいですかね、人生の半分以上です。

保健所で獣医師になったら猫を駆除できる

そのストレスが最大になってたのが去年の7月ごろで、ちょうど未踏がはじまって自宅でずっと開発していた時期でした。慣れない自宅での開発の上、さらに猫でのトラブルが続いていい感じに気が滅入る毎日。発散できないストレスは他の形で発散するしかないというのが教科書にも載ってる真理で、人生がそのいけにえになりました。

去年の7月は進学振り分け3の時期でもありました。実はさらにその前の年にも進学振り分けをしていて、その時には天文学科に内定してたのですが、必修単位の問題で進級できず内定取り消しになってしまい、仕方なしに二度目の進学振り分けでした。前の年は天文だったので、再度天文か、あるいは近い分野である地球惑星物理を選ぶつもりでした。受験した時も、物理と地学で入ったので…。

が、その時本当に猫の事で頭が一杯で、獣医学科に行って保健所で猫を駆除する仕事につくことで代償的に「飼い猫を殺そう」と思ってしまいました。実際、進学振り分けのフォームに獣医学科と書いたら大分精神的に落ち着いたのを覚えています。ずいぶんいい進路にその時は見えたのです。今猫に苦しまされてても6年経ったら保健所で思いっきり猫を駆除できるんだ、と。大分精神的には楽になりながら開発できました。それは、事実です。

というわけで、私は今度は獣医学科に行くことになりました。

生物はおもしろい、が、そんな人生でいいのか

獣医学科の講義には一応全部出たのですが、想像よりはおもしろかった。生物の身体の仕組みとか全然知りませんでしたし。実習も、解剖とか生体をいじるタイプなら結構楽しく、自分がおもってたよりは自分は手先が器用なんだという事もわかりました。生物は初心者だったのですが、それでも単位は一つ落とすだけで済みました。

しかし、卒業後の進路にはどれも魅力を感じられません。元々は保健所で猫を駆除しようかと思ってましたが、人生を盛大に棒に振るような進路でそれはどうなんだろうと冷静にもなってきました。っていうか、そもそも保健所は猫は駆除しません。捨てられたペットなら処理しますが、それも最近はできるだけしないように引き止めるらしいです4。製薬会社だと動物実験で薬の効果を確かめるような仕事があったりするのですが、毎日動物を扱うのかとと思うと…。いわゆる「町の獣医さん」も動物をずっと触ってると考えると気が狂いそうです。動物嫌いには辛い進路が多い。動物を活かす仕事よりは殺す仕事のほうが多いので、動物好きでも辛そうですが…。

そして医学部再受験へ…

そういうわけで、獣医学科から、当初行く予定だったうちの片方である地球惑星物理学科に転学部しました。本当は天文学科が一番良かったのですが、天文学科に行きたい人が多くて、競争が激しくて転学部させて貰えませんでした。。。すでに一留している上で転学部のペナルティでもう一年留年になるので、二留になりました。浪人もしてるので、ついに三年遅れになってしまいました。

この騒動でただでさえ悪かった家族関係も最悪になった(もともと私が我慢してたのだから、露呈しただけとも言える)事もあり、鬱病になってしまいました。獣医学科に居た時に一番おもしろかった話は脳に効く薬の話5だったのですが、期せずして自分の身体で実験することに…。実際飲んでみると、想像以上に精神状態が変わるので、結構驚けます。人間の脳はこんなにも簡単に操作できてしまうのか、と。

物理系は出ても就活がただでさえつらぽよな上3年遅れとなり、このままこのコースを行くのもつらぽよな気がしています。就活するならSEとかプログラマ、あるいはいっそ就活なんかせずにフリーランスや起業ですが、そもそも私はプログラミングを生涯の仕事にしたら幸せにはなれないタイプの人間な気がする(またその話はいたしましょう)ので、卒業したら医学部に入り直そうと今では考えています。ちなみに、獣医学科でも卒業後に人間の医学部に入り直す人は珍しくありません。

医学は確かに興味深く学べたので、動物の医学にしたのは失敗でしたが、人間なら進路も私にも魅力的な進路が多いので、なれると思ってます。医師という仕事は、他の業種みたいに「需要を作りだ」したりせずに、病気の治療や健康維持という確実にある需要に確実に答える仕事である、というのが一番魅力に感じている点です。

私の作っているソフトウェアも、実はそうなのです。さきゅばすを作ったのは、ネットが無くてニコ動を見られない友達が家や学校でもコメント付きの動画が見られるようにですし、ど〜なっつも、時間が戻れるようなプログラミング言語が無いとコンテンツを作るのが明らかにしんどいからです。単純な技術的興味から書くことももちろんたくさんありますが、基本的には困ったことを解決するためにプログラムを書いています。

もし仮に受かったらなのですが、ある程度人生経験は積んだつもりですし、以前から興味もあったので、精神科の医師になりたいです。メンタルヘルスの重要性は鬱病になったこともあってよくわかりました。。。他には産業医も良いですね。

まあでも、受かるかどうかはわからないよね。駄目だった時用に情報系大学院の準備などもしておくつもりです。

蛇足:動物が嫌いな人はペットをどう思っているか

この際なのでちょっと書いてみます。

私は動物が嫌いで、実習でラットやマウスを殺すことにも特に良心の呵責とかを感じない人間ですが、それでもペットという営みは嫌いです。生命をおもちゃにして人形ごっこしてるように思います。人間があの「かわいい姿(人口的な作り物っぽさと獣の嫌な部分の足し算の、どこが可愛いのか全然分からないけど)」を生み出すために無理して交配(端的に言えば近親相姦)した結果出てきた遺伝病で苦しむペットが多いのも、命を弄んでるように思います。その自覚が無いまま、「かわいいかわいい」で飼うのには私は嫌悪感を感じます。

ちなみに最近上野動物園に行ったら、小動物が軒並み常同行動(同じ場所に居続けるストレスによって同じ行動を只管しつづけるようになること)してたので、動物園という存在もどうなのかなぁと思うようになりました。

  1. いつもではない、が、二週間に一度だって嫌だ []
  2. 交尾させて儲けたかったそうだが、その時点で無知丸出しですな []
  3. 東大は入ってから学科が決まるのですが、その制度をこう呼びます []
  4. 野山に放たれて余計面倒な問題になるだけじゃないかなぁ []
  5. 動物でも問題行動を起こしてると処方されることがある []

冬コミは落ちました

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 今までの、ゲーム中心の共同サークルではなくて、私個人のソフトウェアネタを中心としたサークルの予定でした、が…。

20111029_01.jpg

 ガーン!落ちてしまいました。次回にご期待ください。今まで落ちたこと無かったのに…!!ソフトウェアは倍率高いのですかね…。

 ネットの資料だけで作るファミコンエミュレータ本を予定していました。委託とかができそうならまたお知らせします。駒場祭のコミックアカデミーはがんばってみますが、流石に間に合わないと思います…。