「ローレイヤー勉強会」というイベントでのLT。
「関口さんは、何か伝えたいことがある、ということを伝える、という話を知っていますか?」
知らない、とおれは答えた。面倒な話かもしれないな、と一瞬思ったが、中村くんの目は真剣だった。
「コミュニケーションというのは、何かを他人に伝えることですよね」
「一般的にそうだね」
「あの、本当にこういう話をしてご迷惑ではないですか?」
迷惑ではない、とおれは言った。どうしてこの年頃の少年はこれほどまでに礼儀正しいのだろう。空港で親に連れ戻された少年の大半は、ご迷惑をおかけしました、と職員に一礼して帰っていった。
「だったら続けます、何かを他人に伝えるというときに、まず、伝えたいことがあるということを伝えなければならないのではないかとぼくは思うんです、たとえば、捕虜収容所で、厳重に看守が見張っているときに、会話を禁じられている捕虜同士が、何かを伝え合う必要があるとします、そのとき、捕虜は、自分は何かを伝えようとしていることを、もう一人の捕虜に伝えなくてはいけません、そうですよね?」
「映画なんかではよくあるシーンだね」
「そうです、映画なんかでは、鉄格子を叩いたり、石を投げたり、口笛を吹いたりして相手の注意を引こうとしますよね、コミュニケーションにおいては、まず、自分に伝えるべきことがあるということを相手に伝える必要があるということを、わかっていただけたでしょうか」
わかった、とおれは答えた。中村君の話は興味深いものだったが、それとは別に、話し方にも妙な説得力があった。言葉を選ぶように、同時に、選んだ言葉を大切にするように、ゆっくりと低い声で話す。
(「希望の国のエクソダス」 / 村上龍 著)